◆アクィンクム博物館◆


◆アクィンクム博物館◆
 
 音楽史で、最古のオルガンの遺物のあるアクィンクム博物館のあるアクィンクム(Aquincum)について補足しておきます。
 
 「この都市は、紀元1世紀、当時パンノニアと呼ばれていた地域、今日ではトランスダニュビア(ダニューブ(ドナウ)の彼方)と呼ばれている地域を占領したローマ軍によって創設されました。軍の居留地は、アルパド(A'rpa'd)橋の南、今日のオブダ(O'buda)の地に位置していました。
 
 アクィンクムは、城壁に囲まれ、上水道や下水道、舗装された通りのある市民の都市でした。職人や商人、葡萄耕作者たちがここに住んでいましたが、4世紀には、度重なる野蛮人の攻撃に町の人々はその都市を離れることを余儀なくされます。次第に、城壁も消滅していきました。その都市が脚光を浴びるのは、18世紀の終わりに始められたのですが、最近になって、やっと定期的に継続的に行われるようになった発掘の間だけです。
 
 遺跡への入口は、鉄道の近くにあります。そこで、第一に重要な記念碑は、フォーラムのバシリカの遺跡です。東西に延びる道路の向こうには、広大な公衆浴場が発掘されています。料金所、更衣室、さらに冷たい水やぬるま湯、熱い湯の浴槽を認めることができます。湯を沸かすシステムは、床の下に作られていました。それは、柱に支えられ、壁には空洞の通気口がありました。浴場の湯は、薬効のある泉が使われました。
 
 近くには、大きな市場の建物が建っていました。東には、別の浴場の主な部分、縦 6メートル、横 4.5メートルのプールがあり、その隣には、列柱のある中庭に開かれた部屋のある大きなローマ様式の住居がありました。その所有者は、裕福な人であったに違いありません。というのは、その住居には、主な建物が離れて建っており、そのモザイク画でできた床は、格闘家を描いてあるからですが、今日でも保護のための被いの下に見ることができます。
 
 モザイク画で飾られた浴場の後ろの、洞窟のようなミトラ神殿は、見る価値があります。近東の人々の光の神、ミトラ神の信仰はパンノニアにも広がっていたのです。」
 
 参照 http://www.fsz.bme.hu/hungary/budapest/bptour/bpduna03.htm
 
 アクィンクム博物館は、これらの遺跡で発掘された遺物が展示されています。このページによりますと、ホール4に、その水圧オルガンが展示されているそうです。
 
 ブダペストへお越の際は、是非お訪ねください。(といっても、別にハンガリー観光局の回し者ではありませんが。)