◆典礼劇(その1)◆


典礼劇(その1)◆

 モノフォニーの聖マルティアリス(サンマルシャル)写本の最も初期のもの、Bibl.Nat.lat.1240,(900年頃)と、恐らくリモージュ(Limoges)で編纂された写本の一つには、きわめて重要な復活祭のミサのトロープス「墓場で誰を捜しているのか、おぉ、キリストの信者たちよ(Quem queritis in sepulchro, O Christicole?)」を含んでいます。それは、空の墓場にいる天使と三人のマリアとの対話です。

 あなたたちは、墓場で誰を捜しているのか、おぉ、キリストの信者たちよ?
 十字架にかけられたナザレのイエスです。おぉ、天の人よ。
 彼はここにはいない。彼は自ら予言したとおり天に上げられた。行って、彼は天に上げられたと、こう言って伝えなさい。
 アレルヤ、主は今日天に上げられた。強き獅子、
 神の御子キリストは。神に感謝し「エイア(eia)」を歌いなさい。
 来て、主の横たわっていたところを見なさい。アレルヤアレルヤ
 はやく行って、使徒たちに主は天に上げられたと伝えなさい。
 アレルヤアレルヤ
 主は墓場から天に上げられた。私たちのために十字架にかけられた主は。
 アレルヤ

その後、ミサ・イントロイト(Mass Introit)「彼は蘇られり、そして今なお我は汝と共にいる(Resurrexi, et adhuc tecum sum.)」のためのキュー「彼は蘇られり(Resurrexi...)」が続きます。疑いなく、トロープスそのものは、アンティフォナーレのように歌われたでしょう。ロマーヌス(Romanus)(500年頃)のキリスト降誕のコンタキオン(kontakion)と、シリア教会の賛美歌の中では恐らくずっと初期のものであると思われる7世紀のエルサレム大司教、ソフロニウス(Sophronius)のキリスト降誕のトロパリオン(troparia)の中に、福音書に書かれた物語のそうした対話の翻案であるビザンティウムでの先例がありました。

しかし、「Quem queritis」は、すぐに大人気を博します。それには、かなり十分な理由がありました。50年も経たないうちに、ミサ・イントロイトの前から朝課(Matins)の終わりに移されます。そして、そこでは、単に歌われただけでなく、劇として上演されたのです。これは、フリュリ-シュール-ロワール(Fleury-sur-Loire)とゲント(ヘント)(Ghent)で最初に上演されたように思えます。そこからウィンチェスターに引き継がれました。

幸運なことに、有名な二つのトロープスの一つ、Oxford.Bodl.755(1000年頃)には、ウィンチェスターのテキストと音楽だけでなく、ウィンチェスターの司教であるエセルヴォルト(Ethelwold)によって、970年頃発行された「コンコルディア・レグラリス(Concordia Regularis)」の中の「舞台指示(ト書き)」も含まれています。エセルヴォルトは、この劇の目的は、「学識のない人々の信仰心を強化すること」であったと説明しています。

一人の修道士が白装束で棕櫚の葉を持って、第三日課(third lesson)の間に入り「墓」のそばに座ることになっています。第三応唱聖歌(third respond)の間に、別の三人がコープ(マント形の大外衣)を身にまとい香炉を持って何かを探しに現れ、墓に入って「天使」に近づきます。対話はそこから始まります。「天使」が「来てその場所を見よ(Venite et videte locum)」と歌い、「女たち」に聖金曜日に十字架のくるまれた布を見せます。彼女らは、順番に香炉を置きながら、空の布を他の聖職者に見せるでしょう。次に、彼女らは、「主は復活したもうた(Surrexit Dominus)」を歌い、祭壇の上に布を横たえます。その上で、小修道院長が、「汝、神を我らは誉め称えん(Te Deum Laudamus)」を歌い始め、「すべての鐘が一斉に鳴り響く。」のです。