◆モラエス通り散策地図◆


 ◆モラエス通り散策地図◆

 誰かさんが、GoogleMapsEditorを使って地図コンテンツを作成していたので、私も試しに「モラエス通り散策地図」などというものを作ってみました。

 これを機会に、久々に W.deモラエスの「徳島の盆踊り」を読んでみました。ちょうど、この地図の辺りの描写がありましたので、紹介しておきます。

 --引用初め--

 さて、毎日、夜明けに、私の二階の二枚の「まど」をさわやかな朝に向かっていっぱいに開け放つと、目に入る風景はいつでも印象的で、それは純粋な田園風景である。
 …
 蜜柑畑に続いて、視界を遮るのは、寺院が散在し、松におおわれた常緑の、南北に走る険しい山である。右手、やや離れたところに、戦争の神である八幡神社がある。私の家からは、周囲をめぐる深い森が見えるにすぎない。左手、目に入る寺院のうちいくつかを挙げると、毘沙門天とその付属墓地、観音寺とその付属墓地、山頂に忌部神社、その下方に、おそらく町でいちばん美しい金比羅神社がある。

(講談社学術文庫「徳島の盆踊り」岡村多希子訳より)

 --引用終わり--

 ということで、当時、その辺りは「純粋な田園風景」であったようです。毘沙門天というのは、光仙寺のことかなと思ったりしますが、確認したわけではありません。この書の別の部分から判断すると、モラエスが住んでいた四軒長屋は、新築の長屋であったようで、現在で言うと、郊外の田園地帯にできたアパートあるいはマンションに住んでいたと言う感じでしょうか。

 眉山が険しい山というのも奇妙な感じがしますが、恐らくポルトガルでは、なだらかな丘陵地(hill)が広がっていて、それに比べると日本の山は、それほど高くなくても険しい山なのでしょう。

 モラエス旧居跡の碑は、現在は駐車場が広がっている隅に建っていますね。徳島にお越しの折は、機会があれば歩いてみてはいかがでしょう。