中世からルネサンスへ(その6)


 オールド・ホール手写本

 14世紀から15世紀初め頃のイングランド教会音楽の重要資料。永らくオールド・ホールの聖エドムンド大学の蔵書に含まれていたので、その名があります。1973年以降は、大英図書館にあります。
 恐らく、15世紀初めの20年間に集められたもので150近い曲が含まれ、大部分はミサ通常文です。3声部が大勢ですが、2声部から5声部までの作品があります。

 作品の様式としては、古風なディスカントゥス様式やコンドゥクトゥス様式から動きの多い上声部を持つカンティレーナ様式までさまざまですが、3分割(4分の6拍子系)のリズムと3度と6度の音程を含む和音の強調という一般的特徴は、1世紀前のウースターのポリフォニーの伝統を守っています。イソリズムなどアルス・ノヴァの影響もわずかに見られます。

 作曲者の中に「ヘンリー王」の名が含まれることが話題になったりしていますが、ヘンリー5世が有力です。ヘンリー4世の可能性も残されてはいますが。
 イングランド王室礼拝堂で活躍していたことが知られる音楽家も見られます。曲の数、曲の完成度で傑出しているのは、レオネル・パワー(1445年没)です。
 ミサ通常文約30曲とラテン語による3声または4声の宗教曲10曲余り、後者の多くはセーラム聖歌(ソールズベリー聖歌)に基づいています。
 通常文のグロリアからアニュス・デイまでの4つの楽章を含むミサ「アルマ・レデンプトリス・マーテル」があり、循環ミサの先駆ともいうべき作品です。

 ジョン・ダンスタブル

 この時代、最大のイングランドの音楽家と言えば、ジョン・ダンスタブル(1453年没)です。オールド・ホール手写本には、無名のまま1曲が入っているだけですが、北イタリア地域の資料には、多く残されています。
 生涯については、確実なことは何一つわかっていません。

 彼の作品は、極めて単純なコンドゥクトゥス風あるいはカンティレーナ様式の作品があるかと思うと、一方で極めて技巧的なイソリズムによる作品があります。イングランドの伝統と大陸の影響から生み出された新しい様式でしょう。

 ダンスタブルの代表作、4声のモテトゥス「来たれ、聖霊よ (Veni Sancte Spiritus)/ 来たれ、創り主なる聖霊よ (Veni Creator Spiritus)」は、アルス・ノヴァ伝来の複雑な規則を厳格に守りながら、同時にまたまったく新しい音楽様式を完成させた驚くべき作品です。
 ダンスタブルは、中世最後の音楽家であるとともに、ルネサンス最初の作曲家でもあるのです。

 循環ミサ

 ダンスタブルの作曲ともパワーの作曲とも言われる作品に、2曲のミサがあります。
 ミサ曲「世の王は (Rex Seculorum)」と「ミサ・シネ・ノミネ」ですが、3声部の曲であり、先駆的な循環ミサ曲の例とみなされています。
 前者では、すべての楽章で一番低いテノール声部がゆっくりと定旋律を歌う一方、上の2つの声部が流れるような旋律を歌いながら二重唱を展開するという書法が見られます。