◆ミサの編集とマショーのミサ◆


 ◆ミサの編集とマショーのミサ◆

 こうしたミサの編集は、アヴィニョンの教会音楽に人々が期待するように、非常に様式が保守的です。3つの声部すべてで多くの一音対一音の書法がみられ、上の一つあるいは二つのパートで装飾のあるところだけ一音対一音の書法でなくなります。トゥルネのキリエには、それさえ欠いていて、現実には、サンクトゥスとアニュス・デイがそうであるように、モーダル・リズムです。グロリアの「アーメン」やサンクトゥス、アニュス・デイには、ホケトゥスの短い非常に控えめなパッセージがあります。テノールのどれも典礼の聖歌と同じものは見いだされませんし、どれもアイソリズムではありません。

教皇ヨハネス22世は、反対するものをほとんど見いだせなかったでしょう。しかし、最後の「Ite missa est」-- 通常文のポリフォニー曲からすぐに省略されたパッセージ -- は、音楽的な理由からではなく、トリプルムがフランスの愛の歌の歌詞を持っているために、彼をぞっとさせたかもしれません。

 大勅書「ドクタ・サンクトールム(Docta Sanctorum)」の影響の下、書かれ編集されたこれらの保守的なミサと強い対照をなすのは、マショーの傑作です。それは、1364年のシャルル5世(Charles V)の戴冠と関連付けられている伝承を記録的に支持する(証拠付ける)ものは何もないのですが、年代的にはほとんど確実に後のものでしょう。

キリエは、単旋律聖歌のテノールのあるパターンを形作ります。キリエ「クンクティポテンス(cunctipotens)」-- そのよく知られたトロープス「Cunctipotens Genitor Deus」からそう呼ばれますが --は、コントラテノール(contratenor(bassus))もそうですが、アイソリズム的に扱われています。ホケトゥスが、それぞれのセクションの終わり近くに導入されていて、サンクトゥスとアニュスと「Ite missa est」もアイソリズムの典礼テノールに基づいています。

グロリアとクレドは自由な一音対一音の様式で、グロリアの始まりは(司祭が「グロリア・インネクセルシス・デオ(Gloria in excelsis Deo)」と吟唱した後の)長い音価の「Et in terra pax」という言葉を伴うところは、とても印象的です。「Jesus Christe」とクレドの「ex Maria virgine」の部分も、同じように印象的で、その技法は、デュファイのような後の作曲家たちに借用されました。