◆プトレマイオス◆


 ◆プトレマイオス

 さて、今回はプトレマイオスの話をするのですが、その前にスミュルナのテオンとチュレのマリノスについて少し。

 ハドリアヌス帝の時代(AD117-138年統治)にスミュルナのテオンという人がいました。アレクサンドリアのテオンと区別してこう呼ばれるのですが、算術と天文学に興味があり、エクスポジチオ(Expositio)というラテン語の翻訳の作品の著者で一般に知られています。この著作は、プラトンを読むのに必要な数学を説いていて、そのうちの二書、算術に関するものと天文学に関するものが現存します。

 チュレのマリノス(Marinus of Tyre)は、ギリシアの科学者で、AD150年頃生きていました。彼は、古代の数学的地理学の創始者と呼ばれているのですが、それにふさわしい人でした。ヒッパルコス(BC150年頃)より、明らかに優れ、二つの座標、すなわち経線と緯線を唱えたことでその地位を確立します。彼の地図は、少し後に、天文学者プトレマイオスが認めることになる基準を定めました。しかし、彼の地図そのものは、私たちには伝わっていません。

 プトレマイオス、すなわちクラウディオス・プトレマイオス(Claudius Ptolemaeus)の最も活動的な時期は、AD140-160年頃でした。彼は、平面幾何学でエウクレイデス(ユークリッド)が、円錐曲線でアポロニウスが、算術においてニコマコスが成し遂げたのと同様のことを、天文学において成し遂げます。彼は、先立つ人々の発見を一つの論にまとめ、資料を体系的に配置し、上述の初めの二人のように、その著作は何世紀もの間、優れた標準として認められ続けます。

 彼の生涯については、アテネアレクサンドリアで教えていたということ以外何も私たちには知られていません。彼のもっとも偉大な著作、一般にアルマゲスト(Almagest)として知られているものですが、それは古代の天文学の歴史について多くの情報を含んでいます。彼は、また、平面天体図(planisphere)、音楽、応用数学についても書きました。しばしばプトレマイオスのものとされる光学についての優れた著作に関しては疑問があるのですが。

 アルマゲストには、地球の大きさ、特定の場所の位置、そして島や国の大きさに関するエラトステネスやポセイドニウス(Poseidonius)その他の人々の計算法についての要約が書かれています。天文学や地理学への数学の応用において、プトレマイオスは、ギリシア人の学者たちの間で群を抜く存在てす。また、彼は、60進法の分数の使用法をより詳細なものとし、ヒッパルコスによってすでに用いられていた弦の表(the table of chords)を一層精巧なものとしています。また、平行線の公準についての論と、英語では一般にテトラビブロス(Tetrabiblos)として知られる占星術についての著作も書いています。