グレゴリオ聖歌の変容(その1)


 キリスト教の音楽が楽譜として残るようになるのは、9世紀半ば以降のことです。

 トロープス

 すでに存在する聖歌の旋律に新しい歌詞を書き加えたり、そのために旋律の一部をくり返してより長い歌詞を付けたり、さらに新しい旋律を新しい歌詞付きで挿入したりする手法をトロープスと言います。
 また、聖歌の旋律を歌う際に、対旋律を付けて、複数の旋律を同時に歌うという演奏は、オルガヌムとして知られるようになります。

 トロープスは、聖歌のメリスマ、すなはち、一つのシラブルを長く伸ばして華やかな旋律で歌う部分に言葉を補って歌うことから始まったとよく言われます。しかし、メリスマのない聖歌にもトロープスを付けた例はあります。
 キリエのメリスマにトロープスを付けたものは、聖歌の言葉の内容をさらに詳しく解説するという教育的目的を持っていますが、グロリアにはメリスマがないので、新しい旋律を補って歌わなければなりませんでした。結果的にもとの聖歌に言葉と旋律の一節を補うことになりました。サンクトゥスでは、もとの聖歌の内容をより明確に特定する機能を持っていました。

 プロズラとセクエンツィア

 メリスマに新しい歌詞を付け加えて歌うトロープスのことをプロズラとも呼びました。プロズラは、9世紀半ばから12世紀にかけて最盛期を迎えます。トロープスが、修道院や教会の知的活動の一環として発達したことは間違いありません。

 最も注目されるのは、アレルヤ唱に基づくプロズラです。昇階唱(グラドゥアーレ)に続いて歌われるアレルヤ唱は、先ず「アレルヤ」と歓喜の言葉をメリスマで歌った後、ヴェルススという短い聖句を歌い、最後にもう一度最初の「アレルヤ」をくり返します。(3部形式)この場合、プロズラとなるのは、主に第3部の「アレルヤ」なのですが、それが次第に発展、独立した結果、続唱(セクエンツィア)という新しい聖歌となったという説が広く伝えられています。
 しかし、用語が混乱しているなど、今日の研究では明確な説明はなされていません。

 その中で、リチャード・クロッカー教授は、次のように説明しています。
 プロズラとは、聖歌のメリスマに新しい言葉を書き込んだトロープスのこと。セクエンツィアとは、もともとアレルヤ唱の終わりで歌われる歌詞を持たない旋律・メリスマのことで、アレルヤ唱の最終部分から発展、アレルヤ唱に続けて歌われたため「セクエンツィア(続き)」と呼ばれた。
 プローザとは、セクエンツィアに付けられた言葉(歌詞)のこと。