中世からルネサンスへ(その2)


 アルス・ノヴァの記譜法

 大きな音符を小さな音符に分割する場合、3つに分ける(完全分割)か2つに分けるか(不完全分割)の2通りがあります。ロンガとブレヴィス、ブレヴィスとセミブレヴィス、セミブレヴィスとミニマのそれぞれに応用します。曲を書くときには、完全にするか不完全にするか決めておき、必要ならメンスーラ(計量)記号によって示しておきます。
 かなり複雑なリズムも正確に表記できるようになり、作曲技法にも様々な工夫がなされるようになります。特に重要なのは、「イソリズム(アイソリズム)の技法」です。ポリフォニーの曲を作曲するときに、その基礎となる定旋律をあらかじめ定めておいたリズム型を繰り返しながら歌わせるというものです。「イソリズム」とは「同じリズムを繰り返しながら歌う」ことです。

 新しい記譜法と教会音楽

 これら2つの先端を行く記譜法は、主として世俗歌曲を書くために用いられました。一部の選ばれた知識階級にのみ理解されるものでした。
 マショーの死(1377年)後、アルス・ノヴァの記譜法は、さらに複雑化し、トレチェントの要素も取り入れて成立したのがアルス・スプティリオルの音楽です。

 「ノートルダムのミサ曲」

 14世紀教会音楽の最大の金字塔は、マショーの「ノートルダムのミサ曲(聖母マリアのミサ曲)」で、アルス・ノヴァの代表作です。
 マショーが参事会員であったランスのノートルダム大聖堂聖母マリア大聖堂)のために 1340年頃作曲されたものと考えられています。
 ミサの通常文すべてを含む6つの楽章からなっており、グロリアとクレドは、コンドゥクトゥス様式ですが、他の4つの楽章とグロリアとクレドの最後のアーメンは、イソリズムの技法で書かれています。

 アルス・ノヴァの記譜法で今日まで伝えられているミサ曲は、マショーの作品だけではありませんが、始めから一人の作曲家が1組の曲を書こうとしたものではなく、後でまとめられた可能性が高いものです。
 「トゥルネーのミサ曲」「トゥールーズのミサ曲」「バルセロナのミサ曲」などがあります。「ソルボンヌのミサ曲」は、ヨハンネス・ランブレティという一人の人物である可能性もあるのですが。