◆「ムシカ・エンキリアディス」と初期のオルガヌム◆


 ◆「ムシカ・エンキリアディス」と初期のオルガヌム

 もう一つの論文、小論「スコリア・エンキリアディス(Scholia Enchiriadis)」のある有名な「ムシカ・エンキリアディス(Musica Enchiriadis)」は、極めて初期の段階に紛れ込んだ誤りを取り込みつつ、40以上の様々な写本に保存され、また、旋法はギリシア語の名で言及されているのですが、フクバルトのものによく似た記譜法でポリフォニーを示そうとする試みのために、とりわけ重要です。

その著者のオリジナルは失われてしまいましたが、それがキタラ(cythara)の弦に対応する6本以上の線があったに違いないことを除けば、フクバルトのものと同じであっても不思議はないでしょう。また、写本では、テキストが線のすぐそばに書かれていることがありますが、全般には、線と空間のとの意味は逆転し、音を示すのが空間で、テキストはその中に書かれています。縁のTとSの記号は、空間にではなく、線を背景に書かれました。その内容は、フクバルトの体系と一致していますが。

残念なことですが、全体は、空間のところにギリシアの「楽器の」記譜法を歪曲し、そこから派生したダセイア (daseian)の印(ギリシア語のδασεια προσοδια,「大ざっぱな」気息音の印からこう呼ばれる。)を付け加えられることで混乱させられ、非常に分かりにくいものになっています。四つの記号が、それぞれのTSTテトラコードに採用されました。

 この記譜体系の矛盾にもかかわらず、それは、ムシカ・エンキリアディスの著者に、彼が説明しようとしているポリフォニーの種類を、完全なまでに明確に描写することを可能にさせました。もともとの旋律、ウォクス・プリンキパリス(vox principalis:主要声部)が、低い ウォクス・オルガナーリス(vox organalis:楽器声部)によって、平行四度で伴奏されているもの、(プリンキパーリスが歌われるだけでなく演奏されたものか、オルガナーリスが演奏されるだけでなく歌われていたものか、私たちは知らない)、プリンキパーリスが1オクターブ下で重なり、オルガナーリスが1オクターブ上で重なっているもの、また、オルガナーリスがプリンキパーリスの4度下でなく5度下であって、再び両方が1オクターブで重なるもの。

普通のオルガヌムの演奏は、第一の方法、平行4度のオルガヌムでしたが、実際には、著者も認めているように、厳密な平行4度は、しばしば不可能でした。というのは、どのテトラコードでも、第3音は、常に上のテトラコードの第1音と不協和になるからです。この不協和音を避けるために、オルガナーリスは、テトラコードの4度下の音には決して来てはいけないと、著者は示そうとしています。