2007-01-01から1年間の記事一覧

昨日4月29日は、昭和天皇の誕生日ですが、今年から「みどりの日」ではなく「昭和の日」になったのですね。最近になってやっと知りましたが、「みどりの日」は5月4日だということで、馴れるまではしばらく紛らわしいかも知れません。 ところで、昨日とい…

◆零の歴史(その8)◆

◆零の歴史(その8)◆ 恐らく、私たちはこの時点で、零のある位取り記数法を発展させた別の文明があったことに気づくべきでしょう。これは、今日メキシコ南部とグアテマラ、ベリーズ北部を含む中央アメリカに住んでいたマヤの人々です。これは古い文明ですが…

◆アルマムン以後◆

◆アルマムン以後◆ バグダードの初めの三人のカリフの統治以後も、天文学という学問は数学の控えの間であり続けました。アルブマサル(Albumasar)(886年)は、占星術に関するアラブの著述家の中で最も有名で、この学(占星術)によって天文学の研究へと導かれま…

◆フランコ式記譜法◆

◆フランコ式記譜法◆ 記譜法の体系化への大きな一歩前進は、すでに述べた「計量音楽技法(Ars cantus mensurabilis)」の中でケルンのフランコによってなされました。モドゥス・ペルフェクトゥスについてまだ考えながら、彼は6つの旋法の衰退を認めてはいるも…

こちらの地方気象台では、27日に桜開花宣言がありました。その日、こちらでは桜並木で有名なある公園を通り抜けて来たのですが、まだ、ちらほら、咲いているのを一生懸命探さなければ見つからないような状態でしたが、その後数日暖かかったせいもあるので…

◆零の歴史(その7)◆

◆零の歴史(その7)◆ ブラフマグプタが彼の傑作を書いたおよそ200年後の 830年に、マハーヴィーラがブラフマグプタの書の改訂版として企図したガニタ・サラ・サングラハを書いています。彼がこう述べているのは正しいことです。 …ゼロをかけた数はゼロで…

◆バグダードのキリスト教学者及びユダヤの学者◆

◆バグダードのキリスト教学者及びユダヤの学者◆ この時期、バグダードには様々なユダヤやキリスト教の著述家が来ていました。彼らの名は一般にアラビア語の形で残っています。これら人の中に、占星術家サール・イブン・ビシュル(Sahl ibn Bishr)がいます。彼…

◆13世紀◆

◆13世紀◆ 12世紀終わりまでに、ペロティヌスは、旋律線の短いモチーフの重要性や共通のモチーフ、声部間の旋律線の交代による上声部の相互関係の可能性を感じ取っていました。13世紀を通じて、これらの技法はしばしば採用されました。モテットのテノー…

2月も今日で終わり、明日から3月です。 どうということではないのですが、庭のアネモネが花を咲かせ始めました。クロッカスやムスカリは、まだ咲かないのですが、そろそろ咲き始めるでしょう。なんとなく待ち遠しいこの頃であります。

◆零の歴史(その6)◆

◆零の歴史(その6)◆ ブラフマグプタは、7世紀に、零と負の数を含む算術の規則を与えようとしました。彼は、ある数が与えられ、その数をその数から引くと零になると説明しています。彼は、零を含む次の足し算の規則を与えています。 零と負の数を足すと負の…

◆バグダードの他の学者◆

◆バグダードの他の学者◆ アルマハニ(Almahani)(860年頃)は、一般にそう呼ばれていますが、名声を博した天文学者で、球を一定の体積の比率に分割するというアルキメデスのよく知られた問題について書いていることから最もよく知られているでしょう。また、ユ…

◆器楽のモテトゥス◆

◆器楽のモテトゥス◆ 「Ypocrite/Velut stelle/Et gaudebit」の元の曲は、クラウスラでした。Fでは、言葉のないドゥプルムで、テノールはモテトゥスの2倍演奏されます。W2には、この編曲があり、その中でドゥプルムは「Virgo, virginium regina」で始まるテ…

ルネサンス初期の教会音楽(その6)

1430年代から 80年代の教会音楽(続き) この時代の教会音楽の発展には、いくつかの特徴があります。 一つは、声部数の増加です。世紀半ばには3声部の書法が標準でしたが、半世紀後には、4声部の作品の方が一般になります。そして、本質的なバス声部が役割…

ルネサンス初期の教会音楽(その5)

バンショワ 表情豊かな旋律を書くことにかけては、デュファイやダンスタブルを凌いでいました。その才能は、世俗的なシャンソンに向けられました。 一般にバンショワとして知られるジル・ド・バンシュ(1400年頃 - 1460年)は、エノー公ギヨームに仕える評議員…

2007年になって、早くも1ヶ月が過ぎ去ろうとしています。本当に、時間の経つのは早いですね。あと一週間足らずで寒明け、立春です。 とはいうものの、この冬は、本当に寒波の到来がないですね。それはそれでいいのですが、何となく気になるお天気ではありま…

◆零の歴史(その5)◆

◆零の歴史(その5)◆ 紀元 500年頃、アーリヤバタにはまだ零はありませんが、位取り記数法である数体系を工夫しました。彼は、位に"kha"という言葉を使い、それは後に零の名として用いられることになるでしょう。初期のインドの写本では、位取り記数法で空…

◆モハメド・イブン・ムサ・アル・フワーリズミー◆

◆モハメド・イブン・ムサ・アル・フワーリズミー◆ アル・マアムーンの宮廷で最も偉大な数学者は、モハンメド・イブン・ムサ・アル・フワーリズミー(Mohammed ibn Musa al-Khowarizmi)、今日のヒヴァ(Khiva)の都市のある国ホラズム(フワーリズム)(Khwarezm)生…

◆モテトゥスの発展◆

◆モテトゥスの発展◆ モテトゥスのコレクションは、どれも、私たちが大雑把にでも年代順に並べるのに都合のよいようには配列されていませんが、その発展の跡をたどることは可能です。同じリズムで同じテキストが歌われるモテトゥスとトリプルム(第3の声部)を…

ルネサンス初期の教会音楽(その4)

デュファイのミサ曲 イテ・ミサ・エストを除くミサの通常文全体をそろえたミサ曲で、確実にデュファイの作と判っているものは6曲だけです。 最も初期の作品は「ミサ・シネ・ノミネ(無名のミサ曲)」として知られています。最近は、この曲と 1423年7月18日…

ルネサンス初期の教会音楽(その3)

新しい様式によるモテトゥス デュファイは、初期の頃からイソリズムの技法によらないモテトゥスも手がけてきました。ほとんどは3拍子の作品で、カンティレーナ様式の円熟した書法によっています。動きの多い旋律を持つ最上声部を2つの低音部(テノールとコ…

ルネサンス初期の教会音楽(その2)

ギョーム・デュファイ 一生の一時期を除き、終生礼拝に関わる仕事に従事した生粋の教会人でした。 1409年、9歳(推定)でカンブレ大聖堂の聖歌隊のメンバーに加えられます。 1420年、リミニの領主マラテスタ家に音楽家として仕えます。 1428年10月、正式…

ルネサンス初期の教会音楽(その1)

ルネサンス音楽の誕生 15世紀前半、画期的な音楽様式の変化が起こります。当時の人々にもはっきりと分かるような変化でした。 1470年代に、ナポリの宮廷で活躍していた音楽理論家ヨハネス・ティンクトリスは、そうした変化が40年ほど前に起こったことを…